デジタルチャネルの増加、生成AIの出現…マーケターが置かれる環境は急速に変化しています。このブログでは今後5年、10年のマーケティングキャリアを形成するために求められるマーケティングスキルについて考えていきたいと思います。
この10年、さらにはコロナ禍以降のこの数年で、多くの企業がこれまで以上に本格的にマーケティングに向き合うようになりました。その要因は、人口の9割がインターネットを利用するようになり、デジタルチャネルの重要性が増したことや、デジタルマーケティングを支えるテクノロジーが広く普及し、コスト低下によって取り組むハードルが下がったこと、これまで主流だった営業中心のビジネスモデルが見直されてきたことなどがあります。
コロナ禍の行動制限が薄れたことによって、一時的にはオフライン回帰の流れも予想されますが、マクロ的な視点で見れば、マーケティング活動の重要性はますます増すことは間違いありません。これからの時代に求められるマーケティングスキルについて考えていきたいと思います。
B2Bや検討型のB2C商材など、営業介在型のビジネスにおけるマーケティングが大きく変わったのは、MA(マーケティングオートメーション)の登場ではないでしょうか。2000年代には多くの企業がWebサイトを構築しはじめ、メールマーケティングにも取り組むようになっていましたが、これらはあくまでそれぞれの顧客接点を作るものでした。
2014年頃から、MarketoやHubspot、Pardotなどの外資系のMAが日本にも普及しはじめ、先行して活用されるようになっていたCRM・SFAツールとともに利用することで、マーケティング活動で継続的に顧客接点を作る「リードマネジメント」という新たな概念でマーケティングを行うことになりました。このことはマーケティングを大きく2つの観点で変えました。
1つは、それ以前のマーケティングは基本的には一方通行のプロセスであり、大雑把に言うと、優れた製品によって顧客にベネフィットを届ける、もしくは広告によって顧客にメッセージを届ける、というものが中心でした。それが、顧客の行動を理解し、その反応をもとに最適な情報を届ける、という双方向のプロセスになったことが挙げられます。
もう1つは、マーケティング部門の業務範囲です。それ以前のマーケティング部は、営業の補助部門として、カタログや展示会、イベントなど、主にオフラインチャネルの販促支援としての役割が中心でした。そのため、Webサイトもあくまで電子カタログや電子受発注システムとしての機能や、はたまたニュースレターの代わりのメルマガを送るような存在でしかありませんでした。それが、オンラインとオフラインの両方をカバーし、営業活動だけではリーチしきれない顧客接点を作り出し、効果測定を行うことになりました。
このように、この10年でマーケティングは「双方向のコミュニケーション」と「営業活動ではリーチできない顧客接点の創出」を行うようになりましたが、2023年においてもマーケティングの役割はますます重要になっており、トレンドは変わっていません。LinkedInの「The B2B Marketing Benchmark」では、67%のB2B企業がマーケティング予算を増加させ、減少させるのは9%に止まるという結果が出ています。
Forresterの「Planning Guide 2024」では、B2Bビジネスにおける成長のためのマーケティング投資領域として以下のことが挙げられています。
個人的にも、これからのマーケティングに特に重要になるのは、以下の2つだと考えます。
もはやデジタルマーケティングなしでは新規獲得による成長は実現できない、という領域にまでやってきたと感じています。それだけでなく、既存顧客との関係においても、常に競合の存在に脅かされている中、デジタルの接点で顧客を理解し、先回りしたコミュニケーションが必要不可欠になっていると感じます。そのため、ファネルの一定の箇所でマーケティングと営業が切り分けるのではなく、マーケティングと営業が両輪となり、フルファネルの顧客接点をカバーするという意識でマーケティング活動を組み立てていくことが重要です。
プロダクト中心からサービス中心のビジネスが増え、特にSaaSではプロダクトマネージャーの役割がとても重要視されるようになりました。それ以外の業界でも、ITやAIなどの力により、優れたプロダクトが数々生み出されています。もはや営業活動だけでは顧客のマインドシェアを変えることが難しくなった今日、企業に必要とされるのは、優れたアイデアやプロダクトを顧客に分かりやすいメッセージにして届ける「翻訳能力」であり、それを市場に適切に広めていくことだと考えます。そのためには、マーケティングは開発部門やプロダクト部門が提示するケイパビリティを正しく理解し、部門を超えて一体となってメッセージを作っていくことではないでしょうか。
Forresterの「Plannnig Guide 2024」では、マーケティングの投資で、テクノロジーへの投資を5%以上増やすと回答した企業が54%と半数を超えています。
マーケティングテクノロジーの中で、劇的な進化を遂げたのは生成AIでしょう。生成AIが主に寄与するのはコンテンツ領域です。自動で文章を作成したり画像を作成したりと、これまで高価なシステムを構築し、専門的な知識がなければ難しかったコンテンツの制作を、安価に、そして一般的なマーケターのレベルで実現可能にしました。そのため、今後数年は多くの企業で生成AIへの投資が増えるでしょう。
翻って、それ以外の領域では、テクノロジーの高度化が進んではいますが劇的な進化とは言えない状況が続いているように感じます。完全に新しいマーケティング手法というよりは、顧客体験の質やデータ分析の精度が年々向上している、というようなイメージです。そのため、今後のマーケティングチームに求められるのは、テクノロジーを使うことで、マーケティング活動の量を担保しながらいかに質を向上させ、より良いメッセージや体験を生み出していくかになるのではないかと考えます。
ForresterのPlanning Guideで述べられている中で興味深いのは、プログラムやテクノロジーに比べ、人への投資が緩やかな点です。つまり、マーケティングの役割が増え、テクノロジーによって実現できることが増えたにも関わらず、限られた人員で成果を出すことが求められています。
ここ数年はマーケティング活動を内製化する動きが活発化していたように感じます。しかしながら、ここまでマーケティングの役割が広がってしまうと、社外からの採用も間に合わず、社内でマーケティング人材を育成するコストも莫大になっているという声をよく耳にします。内製化にこだわるとマーケティングのトレンドについていけず、ビジネス成長に貢献できないという事態に陥ってしまう可能性もあります。
そんな状況下では、新たなマーケティング手法の導入、単純業務や反復業務の軽減を目的として、内製と外注のバランスを考え直す時期に来ているのではないでしょうか。マーケティングコンサルや代理店、BPOなどをうまく活用してみてはいかがでしょうか。
さらに成果を高めるために、特に複数の事業部を抱える組織では、COE(Center of Excellence)の概念を導入し、重複するマーケティング業務を一元的に管理して高度化と効率化を目指すことも検討しましょう。特に戦略立案や各チャネルの施策実行の部分を統一された方法で行うことは、マーケティング組織全体に大きなメリットをもたらします。
ここまで、マーケティング組織にとって重要なことを書いてきましたが、個々人のマーケターにとって重要となってくるであろうマーケティングスキルについても考えていきます。以下で紹介するスキルセットを持った人が網羅された組織を作り上げることができれば、まさにマーケティングドリブンな事業成長が待っていると言っても過言ではありません。
企業のビジネスサイドでのマーケティングの重要性が増すにつれて、事業に与える影響も大きくなってきています。そのため、事業戦略と連動したマーケティング戦略・戦術を設計できるスキルが非常に重要になります。
事業戦略や市況感といったビジネスの全体観を把握しながら、それをマーケティングに落とし込み、1~3年にわたる中長期的な戦略と、日々の実行フェーズを適切に方向づけするための四半期~半年程度の戦術を的確に考え、ロードマップを敷くことのできる知識と経験が求められるようになってきます。
これを実現するためにはトップダウンのメッセージ開発と、ボトムアップでの日々の施策の積み上げで目標を達成するためのデータ分析・キャンペーン実行の両方を担えることが望ましいです。
マーケティングテクノロジーの数が莫大に増え、よりよい顧客体験を提供するための選択肢が増えた今、自社にあったテクノロジーを選択し、導入して正しく活用することも非常に重要です。マーケターはエンジニアではないので、プログラミングやシステム構築の専門家である必要はありませんが、テクノロジーの基盤となる前提知識、日々変わっていくテクノロジートレンドのキャッチアップ能力とモチベーション、新たなテクノロジーを使ってどのような顧客体験を生み出せるかを考えるアイデア力などを持っていることが望ましいです。
また、近年はますますプライバシーやセキュリティへの関心が高まり、法規制も整備されてきているため、テクノロジー活用の守りの部分にも気を配れることが大切です。
大量のデータを扱うBtoC企業だけでなく、営業活動を中心とするBtoB企業でもCRM・MAを中心としたマーケティングテクノロジーが普及したことで、さまざまなデータを蓄積しながら営業・マーケティング活動を行い、科学的に改善していくことが当たり前になりました。
上記のテクノロジー以外も活用することでさまざまなデータを取得できるようになってきましたが、各社にとって必要なデータは異なることから、データを定義し、蓄積し、意味のあるインサイトを得ることが求められます。マーケターがデータサイエンティストのような高度な分析スキルを持つ必要はありませんが、どのような分析が行いたいか、その分析を行うためにはどのようなデータが集められていればいいのかを理解できるスキルは必要でしょう。また、近年はノーコードの分析ツールや高機能なBIも登場しており、これらを活用して社内にわかりやすくインサイトを展開できるようになると重宝されるでしょう。
日々のマーケティング活動は個別施策の連続で、現場のメンバーにとってはキャンペーン実行スキルが最も必要となります。マーケティングチームは多くの場合、広告・メール・オウンド・イベントなど、各チャネルごとに担当を分けることが多いと思いますが、それぞれの施策を素早く正確に行い、改善を繰り返しながらパフォーマンスを高める実行能力はこれからも引き続き重要になるでしょう。
ただ、各社のマーケティングが高度化したことで、単純に個別チャネルでの最適化だけでは思った成果が出ないことも増えてきています。マルチチャネルのキャンペーンの計画力、大規模に実行するための社内調整力なども求められるでしょう。
さらに、上記で述べたように、外注人材もうまく活用していくという観点では、マネジメント職でなくても社内外のメンバーに、キャンペーンの目的や目標を伝え、同じ方向を向いてキャンペーンを実行していけるようなリーダーシップ力が必要になる場面も増えてくるでしょう。
最後に、マーケティングという名の通り、マーケターには市場のニーズを吸い取り、新たなプロダクトやサービスを広めていく力がますます求められるようになると考えています。近年はマーケットインの発想が広まったこともあり、プロダクトチームや開発部門が市場のニーズを吸い上げてプロダクトやサービスを作るところに重きを置き、マーケティング部門は営業寄りの立場で、リード獲得やキャンペーン実行などいわゆる「デマンドジェネレーション」を行うという役割分担がなされていたように思います。
しかしながら、SNSのUGCやユーザーコミュニティでの会話などを通じて思わぬ使い方やメリットについての発言を集めることができるようになったり、主にデジタルのマーケティングキャンペーンへの反応をつぶさに確認することで新たな市場ニーズをつかんだりすることも増えてきました。これらの新たな顧客理解の方法を模索しながら、同時にプロダクトやサービスの理解を深めることで、市場のニーズとプロダクト・サービスをつなぐ訴求を考え、場合によっては大規模なキャンペーンを通して新たな市場を創り出していくような、より事業に大きなインパクトを与える動きが今後より増えてくることが想定されます。
そのためには、旧来からの手法である市場調査やユーザーリサーチを行うことも必要ですし、上記のデータ分析から意味のあるインサイトを引き出す力、そしてプロダクトやサービスの魅力を伝えるコピーライティング能力など、複合的なスキルが求められるのではないかと考えています。
ここまで、これから重要になるマーケティングスキルについて挙げてきましたが、ここまで多くのスキルが求められる状況で、1人が全てを身につけるのは現実的には難しいです。マーケティング部門がカバーする領域が広まったことで、マーケティング部門内でも分業・協業を行いながらチームとしてのパフォーマンスの最大化をはかり、そして1人ひとりのマーケターのキャリアとしても何を目指すかを考えていくことが重要になってくるでしょう。
近年、組織開発の観点でよく議論になるキャリアパスとして、ピープルマネジメント職へのパスとスペシャリストとしてのパスがあります。マーケティングの業務はどちらかというと専門職寄りであるため、ピープルマネジメントの業務だけでなく、スペシャリストであっても企業に大きく貢献できる役割です。
例えばコピーライティングの能力を高めてコンテンツマーケターとしての道を突き詰めたり、テクノロジードリブンな顧客体験の創出を担うキャンペーンマネージャーとしての役割を極めていくということもあるでしょう。プロダクトチームと密に連携を取りながらエバンジェリストとして活躍するプロダクトマーケターへの期待も高まっていますし、オフライン施策が復活したことで営業への貢献をより感じられるフィールドマーケターのニーズも戻ってきています。
そんなさまざまなスペシャリストが集うマーケティング部門において、今後ますます重要になるのがMOpsだと考えています。MOpsはそんなスペシャリストたちが日々行う活動のパフォーマンスを最大化させるために、マーケティング業務のオペレーションの高度化を一手に担う存在です。業務は多岐にわたりますが、以下がその主な業務です。
このように、経営層やIT、営業部門などと広く関わりながら、マーケティングチームのためにさまざまな業務を取りまとめる役割で、自身が大きな成果を生み出すわけではないものの組織のパフォーマンスに大きな影響を与える「縁の下の力持ち」であり「司令塔」でもある存在です。日本ではまだ認知が低い役割ですが、海外ではキャンペーン担当やプロダクトマーケターと横並びでどの企業にもいるような存在です。
スペシャリストでもあり、ある意味ではジェネラリストでもあるMOpsの存在が、拡大するマーケティング部門が役割を全うできるかどうかの命運を握るといっても過言ではありません。まだ自社にMOpsがないという場合には、ぜひ立ち上げにチャレンジしてみていただきたいです。